オチなし

その男は、寒さも増した初冬の夜空をひた走っていた。
全身黒ずくめのその男は、街灯の無い道を選んで走る。
月も雲に隠れた今。彼の姿は容易に闇にまぎれてしまっていた。
だが、彼の息は引きつったように荒く、足音もドタバタとせわしなくなってきている。
それに、時折、道を確かめるついでに、後ろを殊更に気にしている。
おそらく、彼の顔は焦りと緊張でいっぱいになっているのだろう。
闇夜で、ここまで走ってこれたのも、彼がこの道を来たから、と言う理由ばかりではない。
そう。彼は追われていた。
それが証拠に、立ち止まって辺りを見回し、やれもう安心とへたり込んだその足元に、

釘が5、6本音を立てて刺さった。

「おわああぁぁあぁああ!?」
馬鹿な!と、彼は慌てて身を翻しながら思った。
今の走破は、間違いなく自分の中での最高記録だ。
簡単に追いつかれるはずはない…

彼は、何気に上を見た。
気になったのだ。何故、釘が「降って来た」のか。
そして、彼は見た。
晴れてゆく雲、やけに大きく輝く月、そして月を背にして電柱の上に立つシルエットを。

「!!!!」

そんなベタな!
いや、そんな馬鹿な!
ショック状態の彼は、しかし、さらなるショッキングなものを網膜に映し出していた。

女の子。
だろう。
声が近づいてくる。
「…クギリおね〜ちゃ〜ん、まってよぉー」
そして、電線を、まるでレールか何かを滑るように、何かがやってくる。
やはり女の子だ。
ワンピースを来た女の子の姿が凄い速度で見えてきた。
「な、ナカミ!?」
シルエットがなんだか慌てて後ろを見た。
だぶついた服で分からなかったが、声からすると、どうやら女性らしい。
「とうちゃくー!」
ものの2、3秒で女の子はシルエットの女性…クギリの近くまで来た。来て急ブレーキで止まった。
「ぶたさんありがとね〜」
女の子はよいしょ、と、ぶたさんと呼んだ何かから降りると、電柱のシルエットにしがみついて、
「ちょ、ちょっとナカミあぶな」
ばいばーいとぶたさんに手を振った。
ぶたさんは気のせいか片前足を上げたあと、電柱から堕ちた。
「…げ。」
思わず男とシルエットがそんな声を出したが、しかし、
ぶたさんは謎の効果音を出して一回転して地面に着地。そのまま向こうへのそのそと歩いていった。
どうやらでかい猫だったらしい。

「…いや、何故ナカミまで来る。」
「だってぇ。」
「だってぇ、じゃないでしょうに。」
俺、今逃げるべきだよね?
自問自答してそろそろと動いた男だったが。
「だってそこの人からナカミのパンツ盗まれたんだもん!」
「…それで、お風呂上りに、アレに乗ってまで、ここに来た、と?」
「そうだよ!だってはくパンツなかったもん!」
「…ナカミさんナカミさん。まさかあなた今…」
「今だってはいてないもん!」
「穿きなさい!いや、そもそも穿いてないのにそんな服を着てくるんじゃないの!」
「お風呂入る前はコレだったもん!」
「だいたい下の狼藉者に物凄い事してるじゃないの!」
「減るもんじゃないからいいの!でもパンツはとられたら減るの!」
男は必死だった。
馬鹿なやり取りをしている間に…
早く、ナイトスコープを!望遠鏡を!
あわよくばデジカメをポータブルHDDにつないでガッツんがっつん!

きこきこきこきこ
きー
「えい。」
バチバチバチ
「ごぁ!?」
ぱたん。

「大体うら若き…あれ?」
クギリがふと下を見ると、下の男がぐったりしていた。
その横に、金髪の女の子がいる。
「シサまで…いつ来たの?」
「いや、ちょっと前から…というか、もう終わっちゃったから降りてきていいよ。」
「あ。シサおねーちゃんだ。あ!ナカミのパンツ!」
ナカミは、ひらりと飛び降りて猫着地した。
「ナカミ…君、凄すぎ…あと、パンツ穿いて。ほら。」
ほ〜らほら欲しいか〜ん〜?
にゃ〜ん
二人が遊んでいるうちに、クギリは当然のように着地。
「何?すたんがん?…まさか」
「…新しいの買っちゃったから、つい試しちゃおうかな、って。」
「(クギリ絶句)」
「それで、自転車乗って来たら、なんだかこの人、背中向けてごそごそしてるから、つい。」
てへ。そんな感じでシサは笑いながら
「あ、良い物持ってる〜。ナイトスコープだ〜。」
人の懐を探ってるのだった。

「それで、どうする?」
「ん〜取るもんとったし。」
「取り返したし!」
「…なんだか悪い事をしている気分だなあ…」

翌日。
男は目を覚ました。
あたりは平和な公園の風景。
しばし絶句。そしてよぎる出来事。
…昨日の事は、忘れよう。
多分俺は運が良かったんだ。
そしてこれから足を洗って、実家に帰って漁師を継ごう。
あの女の子達はそれを望んでいるに違いない。
だからこそこうやって五体満足で解放してくれたんだ…
荷物は無いが、今の俺には丁度いい。
新しい旅立ちだ…
…あれ?
なんだか、この公園外人さん多いなぁ。